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朝日・鳥原山〜小朝日

1999年12月25日(土)〜12月30日(日)
L長南、宗像、増田、大塚、松之舎、斉藤


12月25日(土)
東京発の深夜バスに乗って早朝5:00に米沢に到着。気温は-10℃、路面も凍っていた。前夜忘年会でほとんど寝ていない斉藤さんが車で迎えに来てくれて、大井沢へ向かう。

大井沢の「月山天然石」の店で「冬虫夏草」をごちそうになって、予め予約してあったスノーモービルに乗り込む。先発隊(長南、松之舎、大塚)、後発隊(宗像、斉藤、増田)に分かれて古寺鉱泉をめざす。

我々後発隊が古寺鉱泉に着いたのは11:35、既に先発隊は出発した後だった。準備をし、先発隊のラッセル後を追って12:00出発。天気は小雪の舞う曇り。いきなりの急登に息が弾む。15分ほどで先発隊に追いついた。ここからは6人交代でラッセルし、1時間半ほどで956m下の窪地に到着。ここを今日のテン場とした。
この日は暖かく、テントの中の湯気が全て滴となってしたたり落ち、雨具を着込んでの宴会となった。宗像さんはテントの中の姿勢では腰が痛いといって、早々に就寝用テントに引き上げていった。そして宴会は松ちゃんのおなら10連発を浴びながら21:30頃まで続いた。

12月26日(日)
翌日は「早く出よう。」と言いながらいつものごとく遅くなってしまった。体調悪し、ちょっと動くと目眩がする。この日の天気は曇り、遠くはガスがかかっている。終日ラッセルとなった。先頭者が空身でラッセルし、二番手以降は荷物を背負ってそれに続く。ラッセルを交代すると引き返して自分の荷物を背負って皆の後を追うというパターンを延々と一日中繰り返した。畑場峰の登山道分岐までが非常に長く感じられ、一時は今日中に鳥原小屋に着くのは無理だと思った。しかし、14:00頃1282mピークの手前でトラバースに入った時点で何とか今日中に行ける目途が立った。

最後の急登を登り切り、雪原(無雪期は湿原)にたどり着いたときは既に暗くなっていた。ここから鳥原小屋まではほんの目と鼻の先だが、平坦でわかりにくい地形であり、過去にはこの小屋が見つけられずに遭難したパーティーもいたという話を聞かされていた。股までのラッセル30分ほどで見覚えのある沢型が出てきて、前方にそれと思しき小高い丘が見えた。17:45無事、鳥原小屋着。事前の下見(荷揚げ山行)が役に立った。積雪は約3m位。小屋の周りは雪が浅くなっている。2階から入ったが、少し除雪すれば1階からの出入りが可能になった。

小屋は思ったとおり我々だけであり、11月に荷揚げした物資は全て揃っていた。一日中続いたラッセルからやっと解放されたこと、前夜と打って変わって快適な小屋に泊まれるという安堵感と豊富な荷揚げ物資(酒と食料)から、その日の宴会は1:30頃まで続いた。長南シェフ大活躍。

12月27日(月)
翌日は休息日ということにして、小朝日途中までの偵察だけに止めることとした。11時過ぎに日帰りの用意で小屋を出発し、鳥原山をめざす。ここまで荷揚げ時に付けた赤布はほとんど雪の中に埋没していたが、鳥原山のピークには目立つテープが残っていた。鳥原山の展望台に立ち小朝日を望む。大朝日はガスの中で見えない。1389mのピークを越えて小段を二つほど越えたところで、旗竿を木にデポして引き返した。小屋に帰って酒を飲み始める。休息日が1日入ったことで日程的に余裕がなくなったことと、テント泊が不快適なことから、大朝日はあきらめて小朝日までの日帰りピストンに止めることとした。大塚さんが付けた天気図によれば、明日は移動性高気圧に包まれて好天となりそうだ。明日の早起きを決意してその夜は早く寝た。

12月28日(火)
早起きとは入っても5時起きの7時出発だから冬山としては大して早くはない。予報どおりいい天気だ。鳥原山あたりからは風が強くなった。小朝日直下の稜線は時々耐風姿勢をとりながら、右に張り出した雪庇に注意しながら登って行った。風は強いが好天なのでそれほど困難ではなかった。

9:30小朝日に到着。360度のすばらしい眺めに感激する。大朝日は強風を示すレンズ状のガスの中に隠れてその姿を見せてくれなかった。大朝日直下の稜線の風はさぞやすごいのだろう。ガンガラ沢側に張り出した雪庇も恐ろしく見える。 今回はあきらめたがいつかは克服したいルートだ。15分ほど頂上にいただろうか、記念写真を撮って下山開始。強風の急斜面なので注意して下る。

天気が良く、時間的な余裕もあったので、景色を眺めながらゆっくり下りた。朝日連峰はもとより、月山や蔵王、遠くは鳥海山?まで望むことができたが、ついに大朝日の全貌は見ることができなかった。湿原の周辺はなだらかな魅力的な地形をしている。次はスキーで来てみたい。鳥原小屋には昼前に戻った。いくら何でも宴会には早すぎるので、外にザイルで物干しを作り、濡れたテントやシュラフを干そうと試みたが、風が強くてうまく行かなかった。そうこうしている打ちに宴会タイムとなる。明日は下山するため、小屋での最後の宴会ということでまたまた盛り上がった。

12月29日(水)
天気は曇り。行きに一泊二日かかったところを下りはわずか3時間半であった。12:00古寺鉱泉着。予約なしだったため食事は無理だが、素泊まりならOKしてもらった。風呂に入り、冷えたビールをぐいっと飲む。最高の瞬間だ。最後の夜の宴会は鉱泉の親父さんも巻き込んで、またまた盛り上った。

12月30日(木)
本日はただ帰るだけ。行きと同じくスノーモービルに乗せてもらって大井沢まで帰った。途中、今日から入山する「わらじの仲間」のパーティーとすれ違った。スキーで歩いている彼らの姿を見て、文明の利器に頼ってしまった自分たちに後ろめたさを禁じ得なかった。「月山天然石」の店で豆腐やら漬け物やらごちそうになって、再び斉藤さんの車で帰路につく。温泉200円、広くてきれい。その並びにやすくて旨い蕎麦屋あり。
米沢からの帰りの新幹線では当然のように宴会が盛り上がった。

全体を通じて
行動時間よりも宴会時間の方が長い山行であった。おかげで体重が2kg程増えた。
「冬山登山を敢行するのに一番大切なのは絶対に登るのだという強い意志だ」と言った人がいる。今回の我々は必ず大朝日まで登るのだという意志が弱かった。
やはりスノーモービルは後ろめたさを感じる。
荷揚げ時、食料を軽量化して酒の量を増やせばよかった。
(記 増田)


《コースタイム》
25日;大井沢〜スノーモービルで45分〜古寺鉱泉(11:00)〜956mテン場(14:00)
26日;テン場(9:30)〜畑場峰の分岐(12:30)〜1282mピーク手前(14:00)〜鳥原湿原(17:00)〜鳥原小屋(17:45)
27日;鳥原小屋(11:15)〜鳥原山(12:00)〜1389mピーク(12:40)〜引き返し点(13:45)〜鳥原小屋(14:30)
28日;鳥原小屋(7:05)〜鳥原山(7:35)〜小朝日(9:30-9:45)〜鳥原小屋(11:55)
29日;鳥原小屋(8:30)〜古寺鉱泉(12:00)