1999年10月9日〜10月11日
L増田、越山、満田
10月9日 晴れ
前夜発の高速夜行バスにのり、朝田沢湖駅に着。駅は記憶にあるよりずっと綺麗になっていた。ここで前夜、背広姿で駆けつけた増田さんが、背広と鞄を送り返すために姿を消し、その後めいめい朝食をとる。タクシーで大滝橋まで入り、橋を越したところから急斜面を下降した。生保内川の右岸の支流(大平川の1つ手前)沿いに下り本流へ(9:45)。
このあたりの生保内川本流は川幅3〜5mくらいで水が澄み、川底の小石がクリアにみえて実にきれいな川だった。家族でキャンプを楽しむのにはよさそうな場所だ(増水にさえ気をつければ)。
しばらくは右岸沿いの踏み跡を辿りつつ、いくつかの堰堤とバックウォーターを越しながら進む。右岸からの大平沢、大黒沢を見送る。きのことりに来たらしい地元の人と何人かすれ違った。
「最初はえんえんと河原歩きだよ」と脅かされたとおり、この日の河原歩きは長かった。水は澄んできれいだが、ふるえあがるほど冷たく、「ぜったいに浸からないぞ」と心に決めるが、やはり浸からざるを得ない場所もところどころあった。朝から少々腹具合が悪い。
左岸からの20メートルほどの滝をかけた支流を過ぎた日当たりのよい河原で昼食。さらに延々と河原を歩く。夕方4時くらいにようやくゴルジュが現れ、右にまがった「雑魚止めの滝」が見えた。「これだな」ということで、少し戻った左岸の河原にテン場を定める。
この日は非常に非常に寒く、焚き火をたいてもなかなか体が暖まらなかった。薪は絡まった流木が主で、越山さんが持ってきていた鋸を重宝した。
10月10日 晴れ
2日目は7:20にテン場を発。この日は渓相は一転して滝が多くなったが、直登できる滝はすくなかった。
昨日の夕方見た雑魚止めの滝(3段30m)の左岸を高巻く。ゴルジュの中に淵やら釜やらを持つ数メートルの滝が連続して3つほど現れ、越山さんが先頭になり、水につかったり巻いたりして越えていく。水の冷たさは相変わらずで、震え上がるほどだ。私は今日も相変わらずピー状態である。
ゴルジュを抜けると、滝は一段落・・・と思っているとまた左右から岩のせまるゴルジュが見え始め、5〜10mほどの滝や釜が連続して出始めた。多くの滝をかけながら川はゆっくりと西から南へ、南からまた西へと向きをかえていく。高巻きに飽きてきたころ、だんだん視界が開けてきて、モッコ岳方面からの支流との出合。志戸前パーティーへの置手紙を残し、進むほどに後ろから見覚えのある頭がぴょこぴょこと現れ、あっという間に追いついてきた。志戸前・荒沢パーティーだ。
ここらから沢の左右は草原状となり、だんだん源頭の雰囲気を呈してきた。「もう、滝はないでしょう」と早くも戸ヶ崎さんや増田さんが薪を拾いながら進み始めたとき、壮麗な滝(15m)がどどんと出現。滝の上には長南さんがちょこなんと座って手を振っていた。ここは左岸の急な草原を宗像さんがさっさと登り、潅木帯づたいにトラバースして滝の落ち口までいってしまったが、いままで足取りも軽く進んできた大塚さんがなぜか草原の途中でとまってしまい、下から登ってきた戸ヶ崎さんも同じ場所で立ち往生。後で聞くと「こんな斜面、宗像さんどうやってのぼったんだ?」。さすが宗像さん。増田さんは滝の水流の右側を空身でチャレンジしたが、途中からザイルをもらって登り、残りの人間も同じルートから登った。
この滝を越えると、左右はゆるやかにうねる草原となり、水流は赤い岩の上をちょろちょろと流れる小川となった。夕闇せまる羽後朝日岳の山頂直下だ。
無事3パーティーが集中。壮大な焚き火とはいかなかったが充分暖をとり、充分食物とアルコールをとり、再会を祝した。その夜は私はテントで寝かしてもらったが、それでも非常に寒かった。やはりこの時期はちゃんとしたシュラフがいるのかもしれない。(私が持っていったのはインナーシュラフで、コンパクトでよいのだが、やはり普通のシュラフよりは寒い)。
3日目の記録は他に譲るが、最後の日も晴れ、素晴らしい紅葉の稜線を歩くことができ、寒くてちょっと辛かった山行を償って余りあるものがあった。(記 満田)