1998年6月28日(土)〜29日(日)
L長南・増田
堰堤手前の道が崩壊しかかっているところで車を捨てた頃には、雨がポツリポツリと降りはじめ、猿倉沢との出合へ向け歩きはじめる頃には本降りになっていた。今回もまた雨である。梅雨時だから仕方が無いのだろうがやはり気分はあまり浮き立たない。雨の中、林道を行き止まりまで歩き、猿倉沢へ降り出合まで少し下り入渓する。
沢はしだいにナメが続くようになり、あたりのブナの新緑とあいまって美しい、のだろう、晴れていれば。雨の中ではそれほどの感動もない。しかしよくナメが続くものだ。しかしあまり奇麗なナメに思えないのやはり雨のせいなのだろうか。沢はまず天候がものをいう。
ゴルジュを1ヶ所左の枝沢から高巻いた以外、特に悪場もなく登山道に突き上げる沢を嫌い左の沢に入るが、ヤブっぽくなってきてもまだナメが出てくる。いいかげん沢もガレてきたところで登山道のある沢の方角にトラバースする。道にぶちあたると思っていたのだがなかなか道にぶつからないので、でてきた沢に降りてみるとほぼ沢の横に消えかかった道があった。今日は雨だし時間も時間なので登山道を大東岳に登り避難小屋に下ることにした。大東岳への登りはかなりハードなドロドロツルツルな道で疲れた。
こんな雨の日は誰も山などに来ないらしく避難小屋は我々だけであった。避難小屋は立派な二階建の小屋でたいへん奇麗に使われていた。雨はあがり、薪を拾いはじめるころには晴れ間も少し見えてきたので気分も上向いてきた。誰もいないのをいいことに、いつものように焚き火をして酒宴をひらく。明日は久々に晴れそうなので2人ともご機嫌である。さらに増田さんは昨日、休肝日だったので絶好調という恐ろしげな状態だ。結局、宴をとじたのは眠たくなったからではなく、2人の手持ちの酒が全部なくなってしまったので仕方なくとじたのである。時はすでに11時をまわっていた。
翌朝、行程が短いのをいいことにかなり遅い出発になった。大行沢の大ナメは川幅一杯のキレイなナメで、天気もいいので気分もすこぶる良ろしい、と言いたいところだが、二人とも昨日の深酒でいつものように気分はあまりよろしくない。それでも大行(おおなめ)沢の名の通りの延々と続くナメとブナの中をひたひたと歩いていると爽快な気分になってくる。ナメ、ブナ、ブナ、ナメ、ナメブナブナブナ、ナメナメナと呪文のようにつぶやきながらしばらく歩くとカケス沢が右から出合う。
カケス沢に入りすぐに左股をわけ、まだまだナメブナの中を行く。スラブのような壁にぶつかり沢が右に大きく曲がるところからゴルジュが始まった。ここから先が滅法おもしろいのである。これまでのナメブナとうって変わり、ゴルジュ帯で両岸スラブの草付きになっている。曲がったすぐの3m滝を増田さんがトップで登り荷上げ。ゴルジュの中を左に曲がると2段8mの釜を持った滝。右から取り付いてみるがズルズルで撤退。右の草付きから巻くがこれもあまりいいとはいえない。そのままずっと巻いてしまいそうなので、落ち口の上あたりでゴルジュの中に懸垂で戻る。幾つかの小滝に時には肩辺りまで水に浸かりながら取り付き越えて行く。容易くはないがすべて直登できる。ゴルジュは白い岩肌で上に開けていて明るい。ゴルジュの幅が1mをきったところで行く先が大岩で詰まった滝にであう。全身水の中にはいりどうにか大岩に取り付き岩の上にあがるとゴルジュも終わった。もう、酒は完全に抜けきっていた。
ゴルジュを抜け再びブナの中を行く。右に沢を曲がると北石橋(きたしゃっきょう)の奇岩が現れる。昔は蛇行していた流れが直接屈曲点の岩盤をぶち抜いて穴を開けてしまってできたような奇景だ。その下を潜りまたブナの中を行く。8mの滝は右からトラバース気味に何とか落ち口目差して登りきる。変化があってなかなか楽しい沢である。
岩峰が目立つようになると源頭は近い。途中から出てきた登山道で石橋峠に上がる。
石橋峠からは沢の下降のような登山道を降り、登山道のような遊歩道を行く。山寺まで歩き、仙山線で山形にでる。山形で増田さんが買ったラフランスワインとさくらんぼワインを空けた頃には関東平野の真っ只中を新幹線は走っていた。(記:長南)
コースタイム
6/27(土)雨 林道終点8:40-9:15猿倉沢出合-11:55奥の二俣-1:40登山道-2:30大東岳3:00-4:00樋ノ沢避難小屋
6/28(日)曇り時々晴れ 避難小屋9:15-9:45カケス沢出合-10:00ゴルジュ入口-12:05北石橋12:30-13:35石橋峠
今回私は記録担当ではなかったので、感想程度に止めようと思っていたが、詳細な感想を書くようにというリーダーの要望なので、うろ覚えながら記録めいた感想を書くことにする。
1日目の穴戸沢の印象はなぜか薄い。本降りの雨の中、「晴れていたならきっといい沢だろうな。」と思いながら登っていた。
倒木の架かった釜を倒木伝いに渡ろうとして、滑って顔面を強打して眼鏡を落としてしまった。間抜けである。釜の中を一生懸命さがして眼鏡は回収したが、頬骨のところがかなり腫れてしまった。
東沢との出合を越えたあたりだったと思うが、中程度の高巻きが1回。そこは左岸が草付の壁になっていて、傾斜が急で登れそうもない。少し戻って右岸の枝沢を登り、途中から右側斜面に入る(踏み跡あり)。高巻きの途中で踏み跡を見失うが、適当な高さまで登り、適当に水平移動して、滝の落ち口を十分越えたと思うあたりで適当に沢に降りた。気が付くと腕時計がない。高巻きの途中で落としたものか。またまた間抜けな話だ。
階戸沢に入ってからの二俣は左俣を行く。しばらくしてボサが濃くなってきたので右側の斜面に逃げ、勾配の緩くなった斜面を西向きに進むと再び沢に出会う。先に分かれた右俣が大きく回り込んできたものだ。この沢沿いの道を大東岳へ向かう。水が枯れ、藪の濃い急登となる。道とは名ばかりで殆ど藪こぎに近い。バテバテだ。やっとの思いで山頂にたどり着く。山頂はもちろん視界ゼロ。ちょっと休んで、登山道を樋の沢出合の避難小屋へ向かう。「弥吉ころばし」という名前の急坂はぬかるんでいてよく滑る。足の疲労もあり、何度も転びながら下っていった。
避難小屋には誰もいなかった。貸し切りだ。雨がやんで焚き火ができるし、とたんにハッピーな気分になる。広い避難小屋を思い切り贅沢に使って濡れた物を乾かす。薪はあまりないがそれでも何とか焚き火ができるだけ集めて、明るいうちから宴会となった。ブナ林に日が射して、新緑と幹の白さが輝き、思わず感嘆の声を上げる。昨夜が夜行バスだったので、今日は早めに寝ようと言いながら気が付いたときは11時を回っていた。
《メニュー》
ペペロンチーノ(春合宿の報告を呼んでまねした。ビールとワインによく合う)
餃子、ソーセージ焼き(定番)、ポップコーン
翌朝目が覚めると7時を回っていた。よく寝た。9時過ぎに出発。大行沢はその名のとおりナメが続く。避難小屋からカケス沢出合までの間はずっとナメだった。その前後もナメが続く沢のようだ。東京あたりにこんな沢があれば人がわんさか押し寄せていると思うが、仙台市内にありながらここは静寂そのもの。私にとっては久々の晴天に恵まれ、新緑のナメをひたひたと下っていく。
カケス沢は出合からしばらく小滝を持ったナメが続く。長南さんは若干体調が悪そうであるが、それでも快調に距離を稼いでいく。登山体系では遡行時間4時間となっている割には30分ほどで距離にして半分近く来てしまった。この先に何かがあるんだなと思いながら進む。沢が右に大きく屈曲するあたりからゴルジュとなる。滝が何本か続き、荷揚げを伴う直登となる。CSの滝を突っ張りで登ったり、木の枝のみをホールドとして釜をへつったりと、結構楽しい登りが続く。一ヶ所直登の難しい滝があり(右側が登れそうでもあるが滑りそうでいやらしい)、そこだけは左岸を高巻いて、懸垂で沢床へ降りる。
しばらく行くと突如目の前に巨大な石門が現れる。大きな石の真ん中がくり抜かれて門か橋のような形なっていて、くり抜かれた中をナメ滝が流れ落ちている。北石橋(きたしゃっきょう)だ。何の予備知識もない私は突然現れたこの自然の造形の妙に驚いてしまった。しばらく写真などを撮って休憩する。ここから先はまたナメが続く。ナメから次第に源頭の様相を呈してきた頃、沢と交差する道を見つけて右側の斜面に上がる。道をしばらく行くと石橋峠に到着。
峠を乗越して反対側の岩小屋沢を下る。地図では沢沿いに道があるようになっているが、殆ど沢床を下る感じだ。道は所々わかりにくく、また今にも落ちそうな橋や梯子が出現し結構緊張する。岩小屋から先は遊歩道となっているが、それも名ばかりで、遊歩道としては結構悪い部類にはいると思う。遊仙峡入り口の駐車場から山寺の駅までは、サクランボ畑やラフランス畑を見ながらのんびり歩いた。仙山線で山形へ出て新幹線で帰った。
〈おみやげ〉
ラフランスワイン;甘くていまいち。
サクランボワイン;結構香りがよく、そう甘くもなく、なかなか良い。
ラフランスゼリー;女房子供に買った物で残念ながら私の口には入らなかったが、評判は上々。
(記:増田)