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南会津:会津朝日岳〜三岩岳

1998年4月11日(土)〜4月14日(火)
L満田・長南・戸ヶ崎


4月10日(前夜) 池裳駅前発23時35分発新潟行きのバスに乗車。

4月11日 3時小出インタ−で下車。小出駅まで歩く。3時45分小出駅着。駅の中には人れないので外で仮眠。

翌朝、快晴。只見線の始発列車に接続する便はないので乗客は極めて少ない。車窓から見える山々は3週間前に員たときよりも雪が更に減っていて、里の近くはほとんどない。只見駅で降り、予約しておいたタクシ−に乗る。運転手の話では、今年は6、7年ぶりで残雪が少なく、例年との比較ではゴ−ルデンウィ−ク並とのこと。そのせいで、白沢の集落を通り過ぎて537m付近の「イワナの里」まで人ることができた。ここから雪道となる。

この残雪状態なら雪崩の危険は少ないと見て、赤倉沢沿いの登山道を行くこととする。歩き始めてすぐに雪解け水の強い流れが道を横切る。ふきのとうを沢山採ったり、ほかにないかと探しながら歩く。大きな「こごみ」と称するものも摘んだ。

赤倉沢の布岸は黒々としたでぶりが続いている。途中、真新しい赤布がいくつか木に結んであるが、左岸の支尾根に取りついたものだろうか。今日は、薮が深くてここを行く気にはならない。700m付近から本流はスノーブリッジ状となる。安全を見極めながら右岸に渡り、登山道と思われる左俣の雪渓を登る。850m付近から雪渓の中心部がやや盛り上がっていて、それが叶の高手に向かって支尾根となって続いている。新しいブロックが落ちているが、この盛り上がりのおかげであまり危険はない。

傾斜が増し、炎天下の急登は大変苦しい。先頭を交代しながらゆっくりと登る。二俣へ伸びる尾根に乗り、荒禿山からの稜腺に合するとほどなく叶の高手に着き大休憩。眺めよし。会津朝日岳は蟹の甲羅揚げのような形をしている。明日はどこから取りつくのやら。

快調な足どりで非難小屋へ。そして雪のテープルで酒盛り。2名腹痛、原因やや不明。

4月12日 快晴。長いル−トなので今日の進行度が重要。幸い天候は申し分なし。朝、しかも北東面なのに雪は緩んでいる。アイゼン不要。蟹の甲羅揚げの真ん中を直上する。ここなら滑落の危険がない。急登を終えると細い稜線に立つ。正式な頂上はもう少し北にあるが、風が強く巻いているので省略。南に向きを変え、縦走開始。

いきなりやせ尾根に雪庇の落ち残りが微妙なバランスで乗っかっていて、直進かトラバ−スか考えるが、直進できることを確かめて進む。ここから鋸刃がはじまり、このような地形が2キロメ−トル続く。崩れかけた雪庇を落とさぬよう慎重に進む。直進とトラバースを続けるうちに慣れてきて緊張が和らぐ。

約2分前に歩いたと思われる熊の足跡が、進行方向と一致する。彼は、1451mの少し北の地点から朝日沢へ向かって尻セ一ドの証拠を残した。危険地帯は、1451mが一応の区切りでほっとはしたものの、その後も所々で気の抜けない雪庇が現れる。

大幽朝日岳からはアップダウンとトラバースを目まぐるしく繰り返し、1552mから先は丸山岳への単純な登りになる。丸山岳は目の前なのに、ペースが落ちてなかなかたどり着かない。今日のうちに梵天岳を越えておきたかったが無理なようだ。丸山岳の頂上付近は広く平なのでどこでも幕営適地であるが、予想される悪天に備えて小ピークの先の1780mのカール状の所を選ぶ。その夜、強風が襲いフライシ−トが裂けてしまった。

4月13日 曇りときどき晴れ。今日は寒冷前線が本州の真ん中を通過するので大雨になると天気予報では言っている。夕べの強い風に飛ばされたスコップを近くの水の根元に見つけて一安心。ただ、ビリー缶は行方不明。テント場を慎重に選んだおかげでこの程度ですんだのだろう。

悪場は昨日のうちに通過したもののまだ先は長い。天候を伺いながら黙々と歩く。雪は硬くも柔らかくもなく歩きやすいのが幸いである。視界がよく、ルートファインディングが楽なのも幸いである。大雨だと予想しながら、時折晴れ間が見えるのは幸福である。

高幽山を快調に通過し、昨日とはまったく異なるハイぺースに予想外の好天。今日のうちに三岩小屋に着けそうだ。そう考えるだけでも楽しいが、実際はそんなに甘くはない。気温が高いせいか雪がくさり深くもぐりはじめた。坪入山を過ぎるころにはペースが相当落ちる。窓明山からはわかんを履いて最後の苦しい登り。樹林の中に三岩小屋を見つけたときはくたくただった。今日はよく歩いた。天気も良かった。やれやれ。

4月14日 曇りのち小雨。会津駒ヶ岳へ行く予定であるが、今日こそ天気が崩れるらしいので下山する。小豆温泉へのルートは何度かスキ−で来たことがあるので気分的には幾分楽である。オコジョが木の根元に隠れたまま出たくても出られず、その仕種が愉快だ。

雪が消え、途中から新道の滑りやすい急坂を下る。国道に降り立つころには雨が本降りとなるが、スノ−シェッドでしのげる。すぐそぱにある小豆温泉は、改装されて立派なのだけれど、なんとなく近寄りがたいのでバスでわざわざ桧枝岐のアルザ尾瀬の里へ行く。貸切り状態の露天風呂で汁を流し、タイミング良く折り返しのバスに乗る。なにからなにまで出来すぎの山行であった。(記・戸ヶ崎)


コースタイム
4/11 いわなの里(750-810)〜叶の高手(1225-1325)〜避難小屋(1355)
4/12 避難小屋(645)〜会津朝日岳(750-800)〜大幽朝日岳(1150-1215)〜丸山岳(1541)〜1780m(1555)
4/13 1780m(655)〜梵天岳(825)〜高幽山(1000-1015)〜坪入山(1335-1350)〜窓明山(1525)〜三岩小屋(1630)
4/14 三岩小屋(835)〜小豆温泉(1030)

交通費 池袋〜小出(西武バス3,620)、小出〜只見(JR950)、只見〜いわなの里(タクシ−4,030)、小豆温泉〜アルザ尾瀬の湯(390)、アルザ尾瀬の里〜会津高原(バス1,660)、会津高原〜栗橋(野岩、東武1,980)、栗橋〜蓮田(JR390)

温泉 アルザ尾瀬の湯 入浴のみ750 ブール付き1,500


南会津の感想


「あなたは何で山に登るの?」という質問は、山屋どうしでもよく交わされるし、私もときどき人からきかれる。まあ、「楽しいから」としかいいようがないのだが、山では時に(というよりしばしば)「本当に楽しいのだろうか」と首をかしげる場面もある。雨の中での行動、重い荷物、疲労、こわ〜い滝、落ちるのではないかという恐怖、アブの大群、ぬかるみ、強風・突風、吹雪、ラッセル……。山は私の恐れるさまざまな要素を持っている。私が山を続けているのは、単に忘れっぽくて、山でのつらい経験をすぐ忘れてしまうからにすぎないのかもしれない。

が、春の陽光の中でまぶしく輝く白銀の山肌を前にしたときの感動というか興奮というかは強烈なものがあるのもまた確かだ。そんなとき私は、大声を出して駆け出していって、雪の中に思い切りダイブしたい衝動に駆られるのだ。体の中をアドレナリンが駆けめぐる。実際、春山は麻薬だ。

行く手が下りの急斜面だったりすると、実際にかかとで雪を蹴りながら駆け出してしまうわけで、途中でグリセードしたり、シリセードになったり、はまったり、転んだりということになってしまう。ぎゅうぎゅういっている雪の感触がうれしく、体が妙に軽くなる。

こんな馬鹿なことをしているのは私だけか、と思っていると、傍らを長南さんがザクザクと追い抜いていく。戸ヶ崎さんにいたってはスキップをしながら踊るように走っている。

この衝動を共有している仲間がいる。

「今回はお酒は少量に」。
事前の打ち合わせで、荷物が多くなるであろうこと、真っ先にバテるであろう私の荷物を持ってもらうこともありえることを想定して、このようなリーダー命令を出した。確かに集合場所の池袋に向かう途中、「こいつぁ重い」と辟易したほどの荷物だった。

が。会津朝日の直下の避難小屋で、でるわでるわ、ぞろぞろ酒とつまみの類が出現。「この人たちに言うだけ無駄だった」と悟ったのであった。

2日目。丸山からの9時間の強行軍で、三岩避難小屋に到着。小さいながらログハウス調の落ち着いた空間に、ほっと安堵する。一息ついて、またもや宴会が始まる。戸ヶ崎さんの必殺にんにくの丸焼き。長南さんは、例のピリカラ大豆入りミートソースを作ってくれ、私もごそごそとマーボー春雨を引っぱり出す。今夜の主食はタイカレー。ペーストをいためて水を入れたとたん、小屋中に異様な刺激臭が漂い、涙とせきの発作におそわれる。できあがったカレーを口に運ぶ。強烈なうまさと辛さ。辛いというか痛い。こんな刺激物ばかり食べて眠れるのだろうか、と思っているうちに眠ってしまった。

今回は私が初めて企画した山行だった。3泊4日と長い縦走だったが、幸いにして、戸ヶ崎さんと長南さんという経験豊かでパワフルな方々におつきあいいただくことができ、私にとっては得難い経験だったと思う。(み)


「南会津」


雪崩の巣の赤倉沢の通過。会津朝日から大幽朝日までの稜線での雪屁。いやらしい斜面でのトラバース。強風でフライが破かれ、何か巨大なものの手でテントを押し潰された夜。そんな緊張とそれからの解放。

みんなでフキノトウやこごみかぜんまいかはっきりしないものを採ったこと。藍色の空の下、雪を踏めしめブナの林を静寂の中を歩く幸せ。黒谷川、白戸川、袖沢の源頭の眺望。そして、毎夜続いた酒宴。

時間的には重荷にあえいでる時間がほとんどだったはずなのに、いつものように覚えているのは緊張した場面と楽しかったことだけだ。だから、またあの世界に戻って行くのだろう。

それにしても、よくぞ最後の日まで酒が足りたものだ。これも「今回はお酒は少量に」というリーダー命令の意味を、リーダーの性格と酒量から、これは謎掛けだ、と理解したからであろう。

最後にこの山行をともにした仲間に感謝、感謝。(長南)