1998年1月24日(土)〜25日(日)
L佐藤(義)・長南
先週の小出俣山でラッセルをしていた時、宗像さんに「来週の仙ノ倉はもっとたいへんだぞ」と威されて、まぁ脊梁山脈の北っ側だからすごいだろうなぁ、と一応の覚悟はしていたものの、あれほどのラッセルになろうとはその時は想像すらしていなかった。学生時代を北陸で過ごし、雪の多い山に慣れているつもりだったが、今回のラッセルは質量ともにこれまでで最高(最悪!?)のものであった。山スキーを履いて膝上のラッセルというのはあったが、今回はワカンで胸までというのを経験させてもらった。当然、仙ノ倉山という目標には全く届かなかったが、実に充実した山行であった。
金曜の夜、越後湯沢行きの新幹線の中で佐藤さんと落ち合い、軽くビールを飲んでいる内に湯沢に着く。駅の待合室で寝る予定だったが、夜行が止まらなくなったからか駅自体が12:00で閉まるようになってしまった。仕方ないので外に出て酒を呑み始める。明日は天候が悪いので、計画では当初、平標まで抜けるはずだったが、仙ノ倉ピストンすら危ない状況なので、まぁ行けるとこまで行くことになる。
土曜の朝、少し酒が過ぎたか電車を1本乗り過ごす。土樽の駅に降り立ったのは私たち2人と4〜5人のパーティが1組。雪の降る中を毛渡沢方面に歩きだすともう誰もいなくなってしまった。除雪は毛渡沢沿いの林道に入るとすぐに終わってしまい、トレースのうっすら残っている林道を行く。トレース自体はすでに固くなっていて、その上に今回の雪が積もっているので非常に歩きにくい。足を地面の上に置くと軽い雪をすべって固いトレースの中にはまってしまう。しだいに雪は激しくなり膝下ぐらいのラッセルになる。北尾根の取りつき手前の吊り橋についた頃には吹雪になっていた。
まだ昼近いが、この雪なので群馬大小屋の横にテントを張り今回はここで引き返すことにする。固まった雪の上にこれだけ雪が降ると雪崩が起きやすい、この雪では雪稜を越えるのは無理、というリーダーの判断であった。確かに、表層雪崩の起きやすい状況だし、雪稜も未経験者がいるにしては条件が悪すぎる。まぁ、吹雪の中テントで昼から酒を飲むのもいいかぁ。酒は十分あるし。でも、明日は天気はよくなりそうだしなぁ、途中まで行ったら明日は山々が眺められるかもしれないなぁ、と思っていると佐藤さんが「小屋場ノ頭までいこうか。あそこまでなら危なくないし」とおっしゃる。おっ、やっぱり山ヤだなぁ。やっぱり山に登りたいんだよね。いくら雪が積もっていても林道じゃあね。ちょっとしたピークでいいからそこにテントはりたいよね、やっぱり。即座に「そうしましょう」と答える。
尾根に取りつくために、板をすべて取りはらった吊り橋をワイヤーを頼りながら渡る。次の板だけの橋は渡れそうにないので、徒渉点を探すために上流に向かってラッセルする。2度ほど徒渉をして尾根に取りついた。登りのラッセルはきつい。雪は降り続きラッセルも所々、腰までになる。すぐに息があがってしまう。2人のラッセルはセカンドも決して楽ではない。トップが腰までだとセカンドも膝上ぐらいのラッセルになる。足がだんだん上がらなくなった頃にやっと小屋場ノ頭に着いた。それにしても佐藤さんはタフだ。まだまだ余裕の体である。
テントの中は体勢を自由に変えれないぐらい窮屈であるが、冬山でのその空間は天国である。重い荷物から解放され、ラッセルもしなくていいし腰もおろせる。火を焚いて暖まることができる。すべてから解放されたやすらぎの時なのだ。火を焚きっぱなしで酒を飲み交わしていると、息苦しくなってきた。ロウソクをみると消えている。ストーブも不完全燃焼色の炎をあげている。テントの外に顔を出して見ると呼吸が実に楽だ。これが冬山での酸欠現象かと納得する。時折、換気をくり返しながら、佐藤さんの作ってくれたキムチ鍋を食いながらまた酒を飲む。「明日、天気が良ければもう少し先まで行きましょうか」などと懲りもせずにいいながら酒を飲むのである。
翌朝、テントは半分以上雪に埋まっていた。よく降ったものだ。今日はもう降りるだけにしてゆっくりと朝のお茶を飲む。そしてのんびりと朝から鍋を作って食べる。
テントを掘り出し、ワカンやピッケルや鍋など外に置いてあったものを掘り返し、さぁ、出発だと足を踏み出してしまったと思った。雪が胸まである。こんなん、2人でラッセルすんの。ほんまかいな。吹き溜ってないところでも腰まである。それでもなんとか吊り橋まで降りた時にはもう3時をまわっていた。登りより下りのほうが時間がかかるなんて。やれやれ。
あまり期待なんてしていなかったけど、やはり昨日つけた林道のトレースはあっさり消えていた。また、ラッセルである。それも昨日以上の。昨日の林道のラッセルは軽かったけど、今日は膝上まである。やれやれ。途中からザックをデポして交互にラッセルする。空身でラッセルし、ある程度行ったらザックを取りに戻りそしてまた前進。結局、同じ場所を3度通ることになる。そのうち荷物を取りに戻る時とラッセルしに荷物背負って戻る時に佐藤さんとすれ違うだけになり、ほとんどひとりだけになる。
黙々と、ただ黙々と、雪を掻き分け、踏みしめ、前に、単に前へ進もうとする、この行為は極めて神聖な行為であるかの様に感じてしまう。ラマ教徒が伏臥で祈りながら、その遅々として進まない行為を繰り返しながら聖地を目差す行為に何か通じるものがある。ラマ教徒はその苦行によって御仏の庇護と心の安らぎを得るというが、我々は一体、何の為にこの行為を続けているのだろう。いつの間にか星々が輝きはじめている。星空の下でラッセルを繰り返す。なんか、こう、オリオン座の下の雪の世界でラッセルしているのもいいもんだなぁ、などと思えたのは最初の1〜2時間だけであった。結局、我々は7時間、これをくり返し土樽の駅に辿りついたのであった。やれやれ。(記:長南)
<コースタイム>
1/24(雪) 土樽駅8:30-11:30群馬大小屋-15:30小屋場ノ頭
1/25(雪のち晴れ)10:45-15:20群馬大小屋-22:50土樽駅
《温泉情報》
結局、その日は終電なんてもうないので、タクシーを呼んで越後湯沢の駅の外で寝て、明日の朝一番の新幹線で帰ろうということになった。
そのタクシーの運チャンが教えてくれたのが『ゆざわ健康ランド』。
仮眠室があって入館料が1,000円。入浴料が1,000円。しめて2,000円で我々は夜中の0時過ぎ、温泉とビールと暖かな寝床にありつけたのである。感謝。温泉に入ってささやかな夕食とビールで乾杯したのは夜中の1時過ぎであった。
温泉には石鹸、シャンプーはもちろん、ドライヤーから髭剃り、歯ブラシ、ローションまで無料で用意されていてgoodです。
仮眠室はいくつかあってマットと毛布が用意されています。
朝一番の新幹線では仕事に間に合わないらしく、佐藤さんはそのままザック担いで仕事場に行ったそうです。ご苦労様、そしてお疲れ様でした。