1997年8月13日(水)〜17日(日)
L宗像・満田・佐藤義・中山
8月12日(火)晴れ
新宿発23時O9分のムーンライ卜号にて、新潟へと向かった。斉藤さんが、いつもの味噌漬け肉の差し入れを持って見送りに来てくれた。斉藤さん、毎度おいしいお肉ありがとう。
8月13日(水)曇り時々雨
坂町で列車を乗り換え、小国で下車。タクシーにて針生平まで入る。荒川沿いにつけられた大朝日への登山道を大玉沢まで行く。途中、角楢小屋というなかなかこぎれいな小屋があった。
大玉沢出合から入渓。釣り師がが2人いた。川原を少し行くと、釜を持った3m,6mの連続した明るい滝が現れる。滝を越えると、広い川原が、暫く続く。途中浅瀬に良い型の岩魚が1O匹くらい入った魚篭を見つける。右岸から、滝のかかる枝沢の所にテン卜が1張有り、中から岩石の調査をしているという学生が1人顔を出す。聞けぱ、今朝3時頃、大雨が降り、テントの際まで、増水したという。ということは、先ほどの魚篭は、上流から流されてきた物だった。だったら拾ってくるのだったと侮しがる。あれだけ有れぱ、今夜のおかずに十分だったのに。そして今夜の泊場に予定していた曲滝の上は、増水で流されているだろうと判断し、今日は大帯・小帯沢の出合あたりで泊まることにし、満田さん以外の3人は釣り竿を出し、釣りを始めた。すると、満田嬢、おもむろにザックを枕に昼寝の態勢に入ったので、こんな所で寝ている場合ではないと諭し、釣りをしながらの遡行となる。宗像氏が最初に1匹釣り上げた。
私と中山君は、今回の荒川が渓流釣りデピュー。どちらが先に岩魚を釣るか競争しましょうと、こしゃくにも私に挑戦してきた。丸坊主の若造に負けてたまるかと勇躍、上流へ向かったとたん、右足を滑らせ、足をくじいてしまった。これで戦意消失、釣りをする気を無くす。結局、この日は宗像さんの1匹だけしか釣れなかった、これで勝負は、お預け。
卜ロを右岸から高巻き、大帯・小帯の出合の川原にて幕営。早速、焚き火を始め、ピ-ルを飲む。今日の行程は、短く楽であったのだが、夜行の疲れもあり、夕方4人共、2時間くらい寝てしまった。そして起きてからが長かった。O時過ぎるまで酒を飲みながら、山の話などをしていた。テントには入らず、皆、焚き火の回りでシュラフに入って、寝てしまった。
<コースタイム>8/12 新宿(23:09)〜 8/13坂町(6:00着、7:37発)〜小国(8:18着8:40発)〜(タクシー)〜針生平(9:10着9:45発)〜大玉沢出合(11:25)〜魚篭有り (12:45)〜大帯沢出合幕営(15:00)
8月14日(木)晴れ
ゴーロを少し行くと、ゴルジュ帯の始まりとなる。磨かれた花崗岩の岩肌が美しい。と思いきや、上流から満田嬢がナメ床を滑り釜を流されてきた。ナメの急流に足をすくわれたらしい。ケガもなく事なきを得たが、満田嬢、この先大丈夫だろうか、と心配になる。が、当の本人、こちらの心配を余所に、その後も快調に遡行を続けていった大釜を持った小滝に行く手を阻まれ、右岸を高巻く。岩の張り出した岩棚をザックを引きずりながら登り、ブッシュ帯に出た。ナメ状の川床に降り、渡渉やへツリを繰り返しながら遡行を続けて行く。両岸が花病岩の白い岩肌でU字溝状に露出した明るいゴルジュ帯をしぱらく行くと、谷が開け、毛無沢出合に着く。出合は、平凡な滝であるが、奥の方はすごいところらしい。
毛無沢を過ぎると、滝はV字状のゴルジュとなり、ドウドウと水が流下する音が聞こえてきた。角を曲がると、逆くの字になった豪快な曲滝が現れた。滝の中を40cmくらいの岩魚が泳いでいるのが見え、早速、宗像氏、竿を出して釣りを始めたが、大物は釣れず、小ぷりのを一匹釣り上げた。左壁から取り付き、高巻いたが、チムニー状の岩場の出口が少々辛かった。前日、予定していた曲滝の上の泊場は、なるほど狭い川原である。
滝上からは、両岸が切り立った花閥岩が美しいゴルジュ帯を行く。天気もよく快適に遡っていった。そして見事に綾をなして落下する美しい綾滝に出合う。右壁から取り付き、中段から流心へ、トラバースし、残置シュリンゲのところまで行く。瀑水の裏側に左上しているバンドが確かにあるのだが、瀑水の中を本当に行けるのだろうかと、頭をかしげる。頭上に残置ハーケンがあったが、宗像氏の指示で意を決し、瀑水の中へ潜り込んでいったが、1回目は、流水に足を取られ失敗。2回目、なんとか瀑水裏のバンドに立つことが出来、水圧に耐えながら、滝の反対側へ脱出することができた。非常にヤバイ卜ラバ―スだった。後続も全身ずぷ濡れになりながら突破してきた。
その後、両岸が垂直に切り立ったゴルジュの連瀑帯に遡行を阻まれ、右岸を大高巻きとなる。谷に降りてから少し行くと、西俣の出合に巨大な雪渓がかかっていた。雪渓の下を1人ずつ通過していった。雪渓の中の通過は、いつも生きた心地がしない。
雪渓を通過すると、すぐに両側が2Omくらい切り立ったゴルジュの大滝が現れ、通行不可能のため、左岸を高巻く。この厳しい高巻きを宗像氏がルートを切り開いていった。いつも思うのだが、この人のヤブコギ、高巻きの上手さには感心する。尾根を乗越し、懸垂2回で川原に降りた。苦闘3時間の大高巻きであった。大岩の交差した上が、中俣と東俣との出合で、今までの様相とはガラリと変わり、デルタ状に開けた気持ちの良い泊場である。今夜は、皆疲れたせいか、すぐ寝てしまった。私ひとり、遅くまで焚き火に当たり酒を飲んでいた。やがて山の端から月が昇り、谷間に青白い光が注がれると、一種幻想的な風景となり、下界のことも、今、沢登りに来ていることも忘れ、回りの景観にみとれてしまった。
<コースタイム> 大帯出合(7:00)〜大釜滝(9:00)〜(高巻き)〜滝上(9:00)〜曲滝(10:30)〜滝上(11:30)〜綾滝(12:10)〜滝上(13:00)〜西俣出合・雪渓(14:15)〜大滝下(15:00)〜(高巻き)〜滝上(18:O0)〜二俣・幕営(18:15)
8月15日(金)晴れ後ガス
東俣は、岩のゴロゴロしたゴーロで始まる。途中、魚影を見る。曲滝から上はいないはずなのだが、誰かが放流したのかもしれない。小滝の連瀑を過ぎると、谷を大岩がゴロゴロ埋めた中にチョックストーンの滝が有り、途中一ヵ所、右側のスラブ帯を登り、越えていった。
すぐ上が左俣と右俣との出合となり、左俣は、7mほどの滝で始まっていた。そして、左俣の大滝30mが、深いゴルジュの中に現れた。右岸を高巻くと、頭に岩の露出した眺めの良い場所に出た。これから向かう源頭部が良く見えた。大滝から上は、小滝やナメ滝を数多くかかり、やがておだやかな渓相となり両側が草原状となると、ひよっこりと大朝日への登山道へ出た。
生憎ガスで何も見えず、金玉水のテン場へ行くと、尾根歩きの登山者のテン卜でいっぱいになっていた。そして小屋の管理員が集金用の缶を手に待ちかまえていた。管理費として、一人頭500円取られた。トイレもないこんな裸地で、何が管理費なのか、と腹が立ったが、集金人が居るのでは仕方が無い。
やはり縦走の人たちは寝るのが早く、最後まで起きていたのは、我々のテン卜であった。といっても寝たのは21時頃なのであるのだが。
<コースタイム>中俣出合(8:00)〜二俣(10:30)〜大滝上(11:30)〜奥ノ二俣(13:15)〜登山道(16:15)〜金玉水テン場(10:45)
8月16日(土)晴れ・ガス・晴れ
朝一で中山君と大朝日をピストン後、長い以東岳までの縦走路を行く。朝のうち晴れていたが、歩き出すとガスが出て、視界を遮る。途中、西朝日で鈴蘭山の会の人達に会い、全員で記念写真などを撮る。弧穴小屋の水はこくがあり、実に旨かった。
狐穴小屋の先で1回目の交信時間となり、交信したが交信できず(両バーティー共)、以東岳へ向かう。
以東岳に着いて、交信するも、やはり交信できず、少々心配になる。ただ八久和パーティーについては仙台YMCAのメンバーが交信して、我々の会の情報を得ることができ、安心する。問題は三面バーティーである。
以東岳から、見事な雲海を眺めながら、仲間を待っていると、ガスのかかった稜線に八久和パーティーのメンバーがボツリポツリと現れ、登ってきた。4日ぷりの再会である。やはり佐藤(広)さんがラス卜であった。
日も沈み、寒くなってきたので小屋で待つことにして、以東岳を降りる。とりあえず八久和パーティーとビールで乾杯をして、酒飲みが始まった。小屋は仙台YMCAの団体が入っており、満員であった。そして、仙台YMCAの方は今日遡った沢の話などをしているのに、うちの会は食い物の話ぱかりしていた。
そして夜の闇の中を、三面パーテイーが無事、小屋に到着した。やれやれ、これで全員集合である。さあ、これから全員で集合を祝って宴会だ!と飲みはじめてすぐ、すでに寝ていた隣の仙台YMCAのメンバーからクレームが付き、やむなく宴会は小宴となり、その後、すぐ寝なけれぱならなくなってしまった。まあ、仕方無いか。
<コースタイム>6:00〜7:00大朝日岳ピス卜ン、8:00出〜西朝日(9:10着、9:30出)〜竜門小屋(10:15)〜北寒江山(11:55)〜狐穴小屋(12:30)〜以東岳・以東小屋(14:50) 18:00八久和バーティー着、19:40三面パーティー着
8月17日(日)快晴
以東小屋の前で、全員の記念写真を撮り、泡滝ダムへ向け下山する。途中から、松江氏とタキタロウ山荘でうまいビールを飲むために一気に駆け下りていった。そして、山荘に駆け込み、ビ一ルを買い、飲んだ時は本当にうまかった。その後、泡滝ダムまで、ほろ酔い気分で下降していった。
コースタイム:以東小屋(7:45)〜タキ夕ロウ山荘(9:30着、10:20発)〜泡滝ダム(12:23着、13:10発)〜(タキタロウ号)〜大鳥(13:45)
反省:定時交信が出来なかった原因が、トランシーバーの操作を知らなかったというのは問題である。事前にトランシーバーの操作方法を熟知しておかなけれぱならないと思った。今回は何も卜ラブルも無くて良かったが、何か事故でも起きた場合、トランシーバーの使い方を知らなけれぱ無用の長物である。